思い出の1ギガ【パーツ回顧録】編 懐かしのレトロPC座談会
思い出の1ギガ【パーツ回顧録】編 懐かしのレトロPC座談会
今回のお題は【レトロパーツ】です!2000年頃の懐かしいパーツを語ります。何やら苦い思い出もたくさんあるような??いろいろ苦労もあったようですね・・・o( ̄ー ̄;)ゞウゥム
ドスパラ中古担当者紹介
フジヤン
友人に自作の道に引っ張り込まれたクチ。 言われるがままにパーツを買って、見よう見まねで組み立てていたのが、どこをどう間違ってこうなったやら… アラフォー。ストレージの速さにこだわる派。
今回はお休みです。
すーさん
安くて速いパソコンを手に入れたいという動機でドスパラに入社。 動画やFPSやMMORPGが好きですねー。こだわりパーツは愛用のPCケースです!
クマさん
こんにちはマイコン世代です。レトロガジェット好きでM5,MSX,88,Macと動態保存中。 むしろ最先端のドスパラに居ることが我ながら謎。
まっちゃん
初めてのPCは友人が作った自作パソコンでしたね。PSOがやりたくて買いました。 今でこそ色々いじれますけど、そのパソコンが壊れるまで自分でいじったのは友人に言われるまま買ったVGAとメモリだけでした。アラサー世代。
今回のお題は『レトロパーツ』です
天の声:
今回は、懐かしいパーツのお話を。
まっちゃん:
そんなこんなでPentium IIIの別バージョンを用意してみましたっていうのが、これっていう。
出ました!NEC VALUESTAR
天の声:
これはPentium III?これは年代的には前回のものと同じ?。
すーさん:
そうです。2000年ぐらいですね。866だっけ。
クマさん:
これ、800だから2000年。00って書いてある。
すーさん:
NECのUSBチップのほうがよかったです、VIAよりも。
まっちゃん:
このふたつ、配置としてはほぼ一緒? CPUも一緒かな。
クマさん:
こっちのほうが早いんじゃない。こっち1ギガだよ。VC1000だから。VC800だからね。これ、現役ジャンク屋だった頃のメイン商材だったから、任せろ。
すーさん:
これ、1ギガじゃないですか。懐かしの1ギガ。
郷愁を誘う1ギガ VC1000
こっちがVC800
まっちゃん:
1ギガっていうと、語れるところがいっぱいあるんじゃないの?
すーさん:
Pentium IIIの1ギガですよね。Pentium IIIの1ギガは、本当にいっぱいありました、嫌な思い出もいっぱいあるんですけど。Pentium IIIは名機だったんだけども、壊れやすくて・・・
そこに今、CPU出てる?CPUがコアがむき出しなわけですよ。そのコアがよく欠けるわけですよ。CPUクーラーを取り付けるときに斜めにしたり、逆に付けたりすると、簡単にパキッて取れるわけ。そうすると、すぐに動かなくなるっていう。それで、外傷があるとお店の通常保証、効かないですから。
お持ち込みいただいてもどうしようもないっていう、非常にジレンマが激しいCPUでしたね。
まっちゃん:
Pentium IIIのときって、自作ってどうだったんですか。だって、これ、自作じゃないよね。
すーさん:
うちの会社では自作PCしかなかった。コンプリートPCはあったと言えばあったね。
クマさん:
店舗で勝手に自作というか、組み立て請負をやってたと思うよ。
すーさん:
そう、オリジナルPCっていう形で。スリムケースは珍しかった。だからメーカー製のスリムPCは、それはそれで価値がありましたね。価値がありましたけど、非常に拡張性に乏しくてね…。
まっちゃん:
内部の構造がこうなってます。自作PCだとあまりない配置をしてるんですわ。これ、メーカー製のスリムPCではありますけど、ライザーカードだよね?
すーさん:
そもそもビデオカードが取り付けられないのが非常に致命的でした。
まっちゃん:
当時ってゲーム、そんなに流行ってたの?。
クマさん:
当時が走りだよね。
すーさん:
当時もAGPは必須でしたね。
まっちゃん:
これ、AGP付いてる?
すーさん:
AGPのビデオカードがささらないんだよね。今で言うとPCI Expressx16が無いマザーボードだった。なので、非常に自作市場では人気がなかった。
クマさん:
いじりようがないっていう感じですね。
まっちゃん:
誰かメーカー製PCをその当時、触ってなかったの?
クマさん:
スーパーネガティブな方向に来てるよ、これ。
気を取り直して、中身見てみましょう!
まっちゃん:
分かった。そこはカットして、パーツ単位にいこう。CPUでも拡張カードでもどっちでもいいよ。
クマさん:
マザーボード、一緒だね、これ。
まっちゃん:
マザーボードのチップセットは?
クマさん:
一緒。810E
すーさん:
こっちも810E
まっちゃん:
一番最初にやったやつって何だったっけ。あれって自作だよね。
すーさん:
815だよ。
まっちゃん:
なんでメモリ100と133入ってるの。
混ざって入っています。
すーさん:
混ぜて使うというのが非常にスタンダードですね、これ。
まっちゃん:
混ぜて使うのがスタンダードだったの。
すーさん:
ううん。別に混ぜても問題はないっちゅうこと。
まっちゃん:
今でも混ぜて使えはするけど、混ぜて使ってた事情は何かあったの?
クマさん:
挿したタイミングが違うってだけじゃないかな。
まっちゃん:
これ、増設したってこと?メーカーはさすがに推奨はしてなかったよね?・・・。
すーさん:
SamsungとHynixと両方メジャーチップを使ってるので、非常にこれは安定していいですね。
まっちゃん:
でも、ばらばらっていうことは、多分どっちかが後から差したんだろうね。ここはなんで金色の部分がないの?
SamsungとHynix 確かに金色部分歯抜けになってますね
すーさん:
使ってないから。全部使ってないんだよ、大体。CPUもそうだけど。
まっちゃん:
だって、今のやつって全部金色じゃない?
すーさん:
金色にしてあるだけで、別になくても動くんだよ。
まっちゃん:
ぱっと見た目で、どっちが容量入ってるって分かるの、ここの金色の数とか。
すーさん:
金色の数では分かんない。
まっちゃん:
容量のほうではなくて、単純にコスト削減したっていうだけなの?
クマさん:
だって金だからね。
まっちゃん:
本物の金なの、これ?
クマさん:
まぁ極微量だけね。
まっちゃん:
メモリについて何か思い出はないの。
すーさん:
メモリは、Samsungよかったね。非常によかった。Samsungで動かなければ、不良ですねって言えるレベルでよかった。それこそ、ここに今ないけど、マイナーメーカーがいろいろありまして。
そういったところの使っていると、非常に相性いろいろだけど、結局、Samsungに変えると、まともに動くっていう。チップとしては、ほとんどSamsungで、ちょっとHynixが混じってる感じかな。
まっちゃん:
メモリはその辺で、次は拡張カードに移ろうか。
クマさん:
大人気、カニです。
お馴染みカニサン!
まっちゃん:
カニとそれは何。
クマさん:
これはモデムかな
すーさん:
これなんだけど、こっちはカニじゃないんですね。
まっちゃん:
カニじゃないカードなんてあるの?笑。
すーさん:
これは懐かしい。これ、CNRだ。
まっちゃん:
CNRって何。
すーさん:
CNRじゃないかAMRか?
CNR? AMR?
CNRとAMR?
まっちゃん:
ごめん、違いが分からない。それぞれ説明をお願いします・・・
すーさん:
この815とかの家系については、この短いタイプが使えたんですよ、モデムで。何で使えるかっていうと、モデムの機能をマザーボード側が持ってるんですね。機能分担してるって感じかな?こっちはただのカード。マザーボード側で実際に処理をするみたいなのがあって、ちっちゃいのが使えるんですけど、この後、消えました。
天の声:
増設したって感じなんですかね。
すーさん:
もともと付いてたんだ。メーカーが最初から付けてきたっていうか、もっと言えば、インテルさんがそういう仕組みをそれで売って、拡張カードとかモデムを普及させる。
クマさん:
させるのがモデムだったんだけど、モデム自体が絶滅して。
すーさん:
そう。というのがこのカードです。
まっちゃん:
これはPCIと違う?
すーさん:
そう。AMRとかCNRとかっていう規格。これ、確かAMR。それぞれの規格のカード。
クマさん:
今でこそPCIがその位置。
すーさん:
そう。ただし、インテルチップにしか使えないから、これはね。これしか使えないから、他のVIAとかAMDとかAthlonとかを使おうと思ったら駄目だったから、普及しなかったと思われる。
まっちゃん:
共通規格ではなかった。
すーさん:
そう。インテル規格みたいな感じになってたというのが、これ。これは確かに見ないね、今じゃ。なくなってしまった、ロストテクノロジーですよ。
クマさん:
なくなってしまったというか、これ、ちょうどこの頃に変わってきたものが、2カ所あって、今、出てきたこのモデル自体がブロードバンドがはやったから、これがいなくなってLANカードで済むようになったというところが一つ。だから、この頃のマザーボードってオンボードLANなんてすごく珍しかった。それと、もう一つのLCD、これ、DFPっていうコネクターなんだけれども、 DFPね。
LCD・・・?
まっちゃん:
これって特殊な規格なの?
クマさん:
一応、これは規格になり損ねたやつだね。この当時、これNECと富士通が今とは違うコネクターを提唱していて、この左右から電源を取る。そうすると、モニタが・・・。
モニタにACアダプタが挿さずに電源供給できるね。それで20ピンがあって、・・・DFPっていうやつじゃねえよ、これ。
まっちゃん:
ここまで言っておいて違うの。笑
クマさん:
これ、NECの専用のほうだ、DFPじゃない。これ、パソコンが悪くなった、モニタが悪くなったっていうと、両方交換しなきゃいけないパソコンで、その代わり利点としては、モニタに電源が要らない。
すーさん:
新品で買った初心者には非常に優しい。
まっちゃん:
新品には非常に優しいんだけど、中古だとそのモニタ売りに来ました、コネクタがそれでした、チェックできない!って断るパターンだね…。
すーさん:
そう、っていう状況になるので。ただ、それ、変換アダプター持ってたらね。
まっちゃん:
あるの、そんなの。
すーさん:
外にボックスがあって、そこにモニタをつないで、普通のアナログに・・・。
まっちゃん:
コンバーターみたいな感じの。
すーさん:
そう、があるの。それが大体、当時で1万円した。
まっちゃん:
高っ! 例えばこのコネクタが付いてたビデオカードとかってあった?
すーさん:
ない。あるかもしれないけど見たことないね。だから、この当時、モニタの出力規格が結構入り乱れたりしてて。いろんな規格で。
僕もその前はMacだったんで、Macに・・・。今のDVIにいっぱいピンが入ってるみたいのだったりで、Apple Cinema Displayってあったんですね。Cinema Displayの種類がいっぱいあって。それがG4の頃だよね。
G4とかG3とか、それ以前。その前の白いG3だったり、その前の9000シリーズだったり 8000シリーズの頃からずっといっぱいあって、これがDOS/Vに来なくてよかったなと。あれ、覚えるの面倒くさいなって。
まっちゃん:
Windowsでもいっぱいあったんじゃないの。そういうわけでもないの。
すーさん:
Windowsは、基本はアナログだった。
まっちゃん:
Windowsはそんなに種類なかったんだ。そういうメーカー特殊規格みたいな。富士通もあった?
クマさん:
富士通もこういうのがある。富士通と、このNECは規格違う。一部合うとかっていうのもあるのかもしれないけれども、当時、ジャンク屋をやってた僕としては、あれは合わないものと思ったほうがいいぐらい合わなかったという経験があります。
それを中古の業界で業販でやる場合、普通のDVIとかD-Subの汎用品、汎用につながる液晶はみんな中古で1万円とか2万円とかするんだけれども、専用のコネクターも、当時、みんな液晶が欲しいって言ってる中でも、誰も買い手がつかなくて、1枚200円くらいで流通してたの。やる人はそれをちょん切って、ACアダプターつなげるところと、DVIコネクターに変換するとかやってた。
すーさん:
確かにそれをやっても多分、価値があったんだと思う。ちょうどこの頃、私がドスパラ入ったくらいかな。このドスパラ入る前は完全にCRTでした。
まっちゃん:
ブラウン管?
すーさん:
そう。この会社入ったときもCRTでした。ちょうどそこからあるとき、1年か2年ぐらいしてTFTモニタが出てきたんですけど、一番最初にドスパラで仕入れた頃は、確か15インチのモニタが8万だった。
79800円だったかな。それが飛ぶように売れて、なんでって言ったら、普通のCRT15インチじゃなくて、15インチの液晶が十何枚とかって。
まっちゃん:
ブラウン管自体は高かった?
すーさん:
ブラウン管は安かった。この規格の接続は基本的にCRTじゃなくてTFTなんで、クマさんが言ったみたいに変換して動けば丸もうけだよね。
まっちゃん:
独自規格なんだけど、モニタのほうがブラウン管じゃないTFTのやつだから、そのモニタ自体がその当時はものすごくレアで。
すーさん:
高かった。パネル自体がすげえ高かった。
まっちゃん:
だから、自分で自作して変換してでも、そのモニタを有効活用したかった。
すーさん:
できたら十分、元が取れる。むしろそういう技術がある人はいいなっていうふうになったんじゃないかと思いますね。
まっちゃん:
当時、CRTっていくらぐらいだったの。
すーさん:
CRTは安かった。CRTは一番安いので1万円切りましたよ、確か。
クマさん:
うん、9800円とかだったかな。
すーさん:
そう。今の液晶モニタみたいな感じ。三菱とかで、17インチのCRTで2万とか、3万はいかなかったな。
クマさん:
そんな中でTFTが8万。
すーさん:
そう。7、8万ぐらいだったと思うんだけど、それがすごい飛ぶように売れたのが印象的。なんでこんなにみんな買ってくの?って。お札をこんなにいっぱい出してくれるなんてすごい!みたいな。
まっちゃん:
今でこそモニタの規格っていうと、有機EL。モニタの規格じゃないんだけど、有機ELが出てきて、今のところまだテレビのほうだけだけど、あれは何だかんだと高くて、60インチとかでもまだ50~60万近いでしょう。大手家電量販でいくつか見たけど、かっこよかったよ、薄いし。台座と分離してるみたいなのもあるんだよ。台座のほうに機械があるのかな?そこから薄っぺらいケーブルでくっついてる。え?台座のほうに本体みたいなのがあるの?みたいな。すげえパネルが薄い。
すーさん:
基板と分かれてるのかもしれないね。
まっちゃん:
めっちゃ薄かったよ。だって、1センチないから、0.5センチぐらい。
すーさん:
ただ、当時のCRTからTFTへの変化は同じぐらいのインパクトはあったよ。だって、箱がこんなんだから(と言って、すーさん手を広げてジェスチャー)CRT。お店の店頭にドーンって4個とか5個、積んであるのが。
まっちゃん:
だって、今のパソコンより下手したらでかいでしょう。
すーさん:
そう。それで17インチで、さらに選ぶ人は、「やっぱ大画面がいいよね、19インチある?」って言われても、19インチ、もう持てないっす!みたいな。
まっちゃん:
これ、持って帰るんですかみたいな。
すーさん:
僕、最大のモニタ、扱ったことあるのは、21.何インチ、三菱のダイヤモンドトロンだったかな。どうしても仕事で欲しいからっつって、それが確か1台20万ぐらいしましたね。持てないんですよ。一人で持てるレベルではなかった。30キロ超えてる。
クマさん:
僕、ちょうどそのときに、液晶を買うか、トリニトロンの21インチを買うかですごい悩んだ結果、トリニトロンの21インチを買いました。ソニーのフラッグシップブラウン管。
まっちゃん:
20万で買ったの?
クマさん:
そんな金がないから、どうやったら手に入るか考えたんですよ。そうしたら、サン・マイクロシステムズっていうワークステーションのモニタが、どうやら秋葉原で1万円ぐらいで流通している。
まっちゃん:
意味が分からない。
すーさん:
それが当時、トリニトロン。映りがいいっていって。
まっちゃん:
フラットなんだね。
すーさん:
そう。これ、フラット・トリニトロンですね。フラットじゃないラウンドしたやつも・・・。フラットトリニトロンと、あとは対抗馬で三菱ダイヤモンドトロンですね。
まっちゃん:
なんでトロンっていうの。
すーさん:
ブラウン管のそういうあれなんですかね。
まっちゃん:
そこは意外に詳しくはないのね。笑
すーさん:
そんなに突っ込んだことがない。(検索画面見ながら)そう、これ。20何インチがそう。
まっちゃん:
21.5ぐらいじゃない?
すーさん:
本当、これが重くてね。机がたわむレベルで。
まっちゃん:
19万、29.7kgだって。梱包あると、これ、35kgぐらいいくでしょ。
クマさん:
1立方メートルの箱がそこにあるって感じ。
まっちゃん:
これはサイズが本体が495、473、493だから本体だけで50センチ四方。それで最大表示1920って73ヘルツだけど。逆に言うと、そんなに出せるビデオの性能あったの。
クマさん:
俺、そのためにRadeon 9800、買った。
すーさん:
そう。ビデオカードが必須だったから。推奨解像度は1600×1200が多かった。だから1920にするとちょっとちっちゃくなるんですよ。1600×1200だと、非常に画面が広いって。それも前の会社のときだったんです、デザイン会社の人だったんで、デザイン会社の人が「でかいの欲しいね」って言って、「これいいんじゃない」って、「じゃあ、頼みますか」って。
まっちゃん:
50cm3で重さが30kgだから、梱包材が多分相当必要だから、本当に1メーター四方だったんだろうね
クマさん:
そう。その金額を投資してRadeon 9800を買って何をやるかっつったら『カウンターストライク』だね。OpenGLがぐりぐり動くみたいな。
またしても Pentium III でしたが、話がだんだんモニタ方面へ!? 昔のモニタはとにかく重くてでかい!だから輸送や場所確保にみんな苦労したんですよね。。ということで、次回はレトロモニタについて掘り下げていきます!どうぞご期待ください!!(◎゚-ω-)ニャ
そんな、ドスパラ中古PC担当者が
お客様の笑顔のため全力で営業中!ご来店を心よりお待ちしております!!
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