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Worldsは「楽な気持ちで練習室でゲームしているかのように」――Sengoku Gaming所属Blank選手インタビュー前編――


あれはちょうどLeague of Legends(以下LoL)のプロリーグ、LJLファイナルの日。


シーズンが終わり寂しさを持て余していた私は、eスポーツFIELD内で提案されていたプロゲーマーインタビューの主人公をBlank選手に決めたのでした。どうせならロングインタビューにしたいと思い、早速チームへ企画を持ち込みました。了承をいただきあと数日でBlank選手に会えると思った矢先、チームからお詫びの連絡が……。Blank選手が韓国へ緊急帰国することになり、インタビュー予定日に日本にいないというのです。


普段なら諦めるところですが、今回は私が翌月に韓国へ行く用事があったので、スケジュールの合間にソウル・明洞にある静かなカフェでBlank選手に会ってきました!Blank選手が話しやすいよう時系列に聞いてきたので、読者の皆さんにもひとりの若者のストーリーとして楽しんでもらえたら幸いです。

目次[非表示]

  1. 1.「プロゲーマーになって自分の強さを証明したい!」
  2. 2.SKTは全員が「負けてはいけない」というプロ意識の強いチーム
  3. 3.「日本に来て、もう一度競技シーンに戻ってきて良かった」


「プロゲーマーになって自分の強さを証明したい!」

――まず、子どものころ最初に触れたゲームは何だったのか聞かせてください。そこから主にどんなゲームを楽しんでいたのかも、あわせてお願いします。


Blank:

姉の影響で8歳ぐらいのころからゲームを始めました。初めて触れたのはPCゲームのMMORPGだったんですけど、僕はそのときからゲームが大好きでしたね。それから僕と同じ世代の男だったらだいたい同じだと思うんですけど、初めてプレイした競技性のあるゲームはStarCraftです。ただし大会でよく使われるマップではなく、ユーザー制作マップ(アーケードモード)のほうをよくやっていましたね。


――1998年生まれのBlank選手が小学生ぐらいのころが、ちょうどStarCraftのプロリーグの全盛期でしたよね。


Blank:

当時はプロゲーマーの試合をすごく熱心に見ていたわけではなかったんですけど、好きな選手はNal_rA(本名:カン・ミン)選手です。僕の本名(カン・ソング)と名字が同じだったので応援していました。子どもらしい理由でしょ(笑)。もう少し分別がつくようになってからは、Flash選手がすごく上手いなあと思って好きでしたね。


――では、LoLを始めたのはいつごろですか。きっかけは何だったんでしょうか。


Blank:

始めたきっかけは、何か面白いゲームはないかなと探していたときにたまたま放送で新しいゲームということで紹介されていたのを見て、って感じです。それが2012年ごろかな。LoL Champions Korea(以下LCK)が始まって少し経ったころでした。僕自身は当初LoLがそれほど上手くもなかったし、深くハマりもしなかったんですよね。だけど時間が経つにつれてゲームの面白さを感じるようになって、徐々にティアも上がってきて……。ダイヤぐらいまできたころに「もっと強くなりたい」と思うようになりました。


――そのころからプロゲーマーを目指し始めたんですか。


Blank:

やっぱりダイヤになってからプロゲーマーの試合を見て、「あのステージに上がりたい」と思うようになりましたね。2013年にSK Telecom T1(以下SKT)が初優勝したころ、Bengi選手やFaker選手を見て「カッコいいなあ、僕もああいう人になりたいなあ」って。憧れの存在でした。


――そこから夢に向かって努力する日々が始まったわけですね。


Blank:

そうですね。プロゲーマーになりたいと思い始めたころからやる気も出てきて、昔チャレンジャー枠が50人だったときに、上位50名に入ることができました。そうするとだいたいプロチームからオファーが来るんですけど、最初に練習生にならないかと声をかけてくれたのがSKTだったのを覚えています。それが中学3年生のときでしたね。そのときは練習生にならずにそのままひとりで練習を続けていたんですけど、その後いろいろなチームからオファーをいただき、最終的に高校を中退して2014年に中国2部リーグのチームに入りました。


――高校を中退してプロゲーマーになろうというのは、非常に大きな決断だったと思います。しかも海外チームですから、ご家族の反対もあったんじゃないですか。


Blank:

もともと勉強はそんなに好きじゃなかったし、ゲームが大好きで1日のスケジュールが食事と睡眠以外はゲームしかしていなかったので、早くプロになりたいという気持ちが大きかったんです。最初は母親に「ちゃんと勉強しなさい」と言われましたが、「プロゲーマーになって自分の強さを証明したい!自信はある!」と説得したら、僕を信じて後押ししてくれました。今思えば、あの年齢で中国に行くなんて若かったなあと思いますね(苦笑)。


――理解のあるご家族に感謝ですね。そうして中国でのプロゲーマー生活が始まったわけですが、単刀直入にどうでしたか。


Blank:

当時はまだ社会に出たこともなかったし何もわからなかったので、いっしょに中国へ渡った韓国人選手のUntara選手のことをすごく頼りにしていたと思います。新しい環境に慣れるのも簡単ではないだろうからと、行く前はすごく心配していたんです。だけど人が住むところなんて、どこも似たり寄ったりなんだなって(笑)。中国で1年ほど生活しましたがなかなか良かったですよ、美味しいものもたくさんあったし。


――気になるのが中国チームでコミュニケーションなんですけど、どのように意思の疎通を図っていましたか。


Blank:

基本的に中国語でやっていましたね。ちょっとしかできないんですけど、ゲーム内で簡単にコミュニケーションが取れる程度には喋っていました。単語をいくつか覚えて使っていた記憶があります。


――中国チームでの成績や個人的な成果としては、満足のいくものだったんでしょうか。


Blank:

中国で一度移籍したので計2チームに所属していたんですけど、両チームとも1部リーグに昇格できませんでした。だから成績としては決して良くなかったんですけど、個人的にはあのころが一番幸せだったように思います。

自分がついにプロゲーマーになったという感覚や大会に出られる喜び、そして家を出て自ら稼ぐことのできる人間になったんだという自負心も生まれて、すごく幸せでした。それにあのころは勝つと本当に嬉しかったんです。

勝利の味っていうんですかね。そういうのを初めて味わうことができたのがすごく良かったんです。


SKTは全員が「負けてはいけない」というプロ意識の強いチーム

LoL KeSPA CUP 2016のころのSK Telecom T1(左からWolf選手、Bang選手、Lava選手、Bengi選手、Profit選手、Aiming選手、Duke選手、Blank選手、Faker選手)


――そうして韓国に帰国してすぐ名門チームであるSKTに入るわけですが、こんな言い方をして良いかどうかわかりませんけど、中国でそれほど大きな功績を残したわけでもなかったのにどうしてSKTに入ることができたんでしょうか。


Blank:

もともとSKTのkkOma監督(当時はコーチ)と知り合いだったからですね。幸いチャレンジャーは維持できていたので、中国チームを出てすぐに「SKTに練習生として入りたい」と連絡しました。やっぱりSKT入りは僕の夢だったので。


――2016年にBlank選手が試合に出始めたころはシックスマン的立ち位置だったように記憶しているんですけど、スタートは練習生だったんですね。


Blank:

いえ、ありがたいことに最初からロースターに入れてもらえました。そして運良く最初のシーズンで優勝できた感じでしたね。シックスマンというより(Bengi選手と)半々みたいな感じでしたけど、当時はそれだけでもものすごく光栄でした。


――韓国チームは練習が厳しいと聞いていますが、すぐに慣れましたか。


Blank:

確かに中国のほうが練習は自由な感じでしたけど僕はゲームが楽しかったし、むしろ韓国にファンもできて動機づけになったので、さらに頑張れた気がします。中国で活動していたときより僕のことを見てくれる人が格段に多くなったのが、すごく嬉しかったですね。


――当時のSKTのメンバーはレジェンド級のすごい選手ばかりですけど、Blank選手から見てどんなチームメイトだったのかぜひ聞きたいです。


Blank:

選手やコーチ・監督も含めて、全員がとにかく「勝ちたい」という思いをすごく強く持っているんです。「負けてはいけない」というプロ意識が強いので、僕もそれを感じとって勝利に対してより切実になった気がしますね。最初に入ったときは僕が一番年下だったので皆さん可愛がってくれたように思いますが、なかでもWolfさんが一番優しく接してくれました。情に厚い人なので、僕としても一番話しやすかったです。


――同じJunglerの選手たちはどうだったんでしょうか。先ほど名前の挙がったBengi選手のほかに、Peanut選手もいたと記憶しています。


Blank:

ふたりともとにかくプロ意識をしっかり持っていて、本当にすごい選手たちだなあと思いながら見ていましたね。そして僕も刺激を受けて、何とかして彼らに勝ちたいと思うようになりました。彼らがいたからこそ、もっと頑張らなきゃという動機づけにもなったと思います。


――そしてBotレーンはずっと固定メンバーでしたが、Topレーナーはメンバーチェンジが激しかったですよね。


Blank:

Duke選手、Huni選手、Untara選手がいましたね。SKTのTopレーナーはとにかく良い人ぞろい(笑)。みんなすごくポジティブで明るいんですよ。Botに関してはWolf選手はさっき触れたとおりの優しい人で、ADCのBengiさんはきっちりした感じの人です。礼儀正しくて公私の区別をしっかりするなど、とにかく人としてカッコいいタイプですね。それと、とにかくゲームがめちゃくちゃ上手い人です。


――さて、やっぱり一番気になるのはFaker選手です。


Blank:

ゲームで見るとすごくカッコ良くて、これだけの選手はおそらく全世界を見てもいないだろうというぐらいプロ意識を持った選手です。だけど日常生活では、思いもよらないような行動をすることもありました。おやじギャグを言ったかと思えば、レベルの高いユーモアを言ってきたり。言葉で言い表すのはなかなか難しいんですけど、とにかく面白い人ですよ。あと、頭がすごく良いです。


――実は私もFaker選手にお仕事で2度お会いしたことがあるので、すごく納得しました。さて、そしてSKTに入って最初の年のWorld Championship(以下Worlds)で優勝というとんでもない偉業を成し遂げたわけですが、当時を振り返ってみていかがですか。


Blank:

当時は実感がわかなかったです。あれだけ多くの観客がいたにもかかわらず、楽な気持ちで練習室でゲームしているかのようにプレイしましたね。自分がどれだけ大きなステージに立っていてどれだけ大勢の方がそれを見守っていてとかそういう実感はなくて、普段の練習室と同じような感覚でした。今思えば、Worldsのファイナルのステージに上がるってすごいことだったんだなあと感じますけどね(笑)。


――当時はまだ若かったからかもしれませんね。ところで日本には、LJLからBlank選手を知ったファンの方もいらっしゃいます。LCK時代の試合で印象に残っている試合をひとつ教えていただいて、SKT時代の話を締めたいと思います。


Blank:

LCK 2016 Springのファイナルで勝った試合ですね。僕はそれまではIEMでは優勝経験があったんですけどLCKでは初めてだったので、大きなステージで自分が勝つことができて、これでやっと皆さんに認めてもらえる選手になれたという感じがして、めちゃくちゃ嬉しかったんですよ。その映像を見ていただければ、優勝した瞬間に僕が本当に喜んでいるのがわかると思います。僕の表情に注目してみてください(笑)。


「日本に来て、もう一度競技シーンに戻ってきて良かった」

Sengoku Gaming(左からOdduGi選手、DonShu選手、Taka選手、Blank選手、Raina選手、PoohManDuコーチ)


――その後SKTを出て2019年のSpringは1シーズン休んでいたわけですが、その間どのように過ごしていましたたか。


Blank:

それまでひとり暮らしをしたことがなかったので、新しい経験がしたくて部屋をひとつ借りて、自炊しつつゲームをしながら過ごしていました。Untara選手とSky選手も、同じマンションにそれぞれ部屋を借りていて。最初のころは寂しくなったらお互いの部屋に行ったりしていましたが、慣れてくるとだんだんそういうのもなくなりましたね。まあしょっちゅう会ってはいましたから(笑)。


――なかなか悪くない生活のようにも思えますけど、そんななか突然の日本行きを決めた理由について聞かせてもらえますか。


Blank:

やっぱり新しいチームを探さなきゃいけないっていうのがあって。当時は自分に対する自信もなくなっていて、自尊心も低くなっていた状態で凹んでいた時期でした。そこへSGのオーナーとOdduGi選手がやってきて「君が必要だ」、と。

普通はビデオチャットで話し合うことが多いんですけど、わざわざ韓国まで来てくださったので再び自信も生まれて、もう一度やり直せるんじゃないかという気持ちになったんです。それに日本はお隣の国だし、日本料理も好きだから昔から旅行してみたい国のひとつではありました。だから日本でまた新しいチャレンジをしてみたいと思ったんです。


――自信をなくしていたというのは意外ですね。SKTを出る前からそういう状態だったんですか。


Blank:

そのときは大丈夫だったんですけど、ひとり暮らしを始めてやっぱりちょっと寂しかったんだと思います。だんだん自信もなくなり自己肯定感も薄れてきて、すごく痩せちゃったんですよね。体重が10キロ以上落ちてしまって。そうなるとだんだんやる気も失せていくというか……徐々に無気力になっていったんです。


――とはいえ、世界大会で優勝経験のあるメジャー級の選手が日本に来た前例はありませんでした。さすがに不安もあったのでは?


Blank:

正直、日本へ渡る前は不安もありました。だけど日本でたくさんの方が僕のファンになってくれて。街中で日本のファンの方に声をかけられたりもしたんですよ。それで自分に対する自信も生まれて「日本に来て、もう一度競技シーンに戻ってきて良かった」と心底思いました。

やっぱりファンの存在って大きいんですよね。ファンミーティングのときもファンの方が来てくださるじゃないですか。そこで交流するということをSKTを出てからは一切していなくて、SGに入って再び交流できるようになってとてもワクワクしたし、試合に出ることでゲームの楽しさもさらに感じるようになったんです。

ひとり暮らしをしていたころよりも、はるかに良い状態になりました。もちろん無気力さは消え、意欲的にもなれましたね。


さて、Blank選手の生い立ちから中国・韓国におけるプロゲーマー生活の実態を探る前編はここまで。気になる後編では、日本チームであるSGに入ってからのお話をお届けしますので、お楽しみに!


後編:

配信は「日本のファンの皆さんとのコミュニケーション」のため――Sengoku Gaming所属Blank選手インタビュー後編――

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