Pepperが大規模展開される理由はビッグデータによる「知性」の獲得~「Pepper」の狙いをソフトバンクロボティクス林要氏が「ET2014」で講演

組み込み総合技術展「Embedded Technology 2014」が11月19日(水)~21日(金)の日程で、パシフィコ横浜にて開催されている。11月20日に行われたカンファレンスでは、ソフトバンクロボティクス株式会社 プロダクト本部 PMO室 室長の林要(はやし・かなめ)氏が「Pepperがもたらす新たな可能性」と題して講演した。ソフトバンクロボティクス社のパーソナルロボット「Pepper」は2015年2月に一般向けに発売予定で、現在は開発者向けモデルが先行販売されている。カンファレンスルームは満席だった。レポートする。

林氏は、Pepperのビジネス展開の狙いについて、4つのテーマを挙げて順に解説した。

ソフトバンクロボティクス株式会社 プロダクト本部 PMO室 室長 林要(はやし・かなめ)氏
ソフトバンクロボティクス株式会社 プロダクト本部 PMO室 室長 林要(はやし・かなめ)氏

■Pepperが大規模展開される理由はビッグデータによる「知性」の獲得

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まず林氏は2010年6月に発表された「ソフトバンク新30年ビジョン」を再度紹介した。ムーアの法則どおり、コンピュータの性能は指数関数的に上がってきた。今後、どこかのポイントでコンピュータの能力は人を超える可能性がある。それ以降の未来は予測が困難だ。いわゆる「シンギュラリティ(技術的特異点)」である。そのときコンピュータは脳に近いものになるのではないかとソフトバンクでは考えているという。ここでいう脳とは自動的にアルゴリズムを獲得してデータを収集するシステムである。

すなわち2040年には知識を自動集積し、知恵を自動生成できる学習型コンピュータができるのではないかと考えられていた。だがその後、知識の自動集積はアルゴリズムの自動生成や知恵に近いものだと分かってきた、と林氏は最近の話題に触れた。

1997年にディープブルーはスーパーコンピュータでチェスチャンピオンに勝った。だが2013年には遥かに探索空間の大きい将棋において汎用PCで計算機がプロ棋士に勝つことができるようになった。計算能力はそこまで上がってないにも関わらずである。そのギャップを超えられた理由は過去の大量の譜面を使って学習したことにある。単に計算能力が上がるのを待っていただけでは勝てなかったギャップを学習で超えたのだ。大量のデータを使うと「知性らしくふるまう」ことができるのだ。機械学習は今や様々な局面で用いられており、精度がどんどん上がっている。

ビッグデータと機械学習
ビッグデータと機械学習

構造化されたデータがあるところから機械学習は伸びている。次に何が伸びるのかはデータ次第、どんなデータを集められるかにある、と林氏は語った。

いま、購買データや行動データは取れるようになってきた。だが人のコミュニケーションのデータはあまり取れておらず、人のことを分かっている人工知能はまだない。故にPepperは、人と共存することで人のことが分かっていくようになるためのプラットフォームだという。だから大規模展開する必要がある。

人は少ない情報から学習・予測が可能だが、機械学習は大量の情報を必要とする。だが、安定して未来を予測することができる。いっぽう進化を経て学習・予測能力を獲得した生物の場合は、変化に強く、少量の情報で予測を行うことができる。

Pepperはたくさん展開することでビッグデータを収集し、知性を獲得するためのプラットフォームであり、未来を築く上での礎だと林氏は語った。

またクラウド化にはロボットのメンテナンスにおいてもメリットがある。ロボットの各センサーの温度や電流値などを常にリアルタイムでとることができるため、品質向上やコスト低下もすばやく行うことができるという。

入力データ対象を広げることで学習対象が広がる
入力データ対象を広げることで学習対象が広がる

■自然な対人インターフェイスとしてのPepper

自然なコミュニケーションUIとしてのロボット
自然なコミュニケーションUIとしてのロボット

ヒト型は、人の生活空間で作業するためには適している。先端的ヒト型ロボットの研究はこちらを目指している。いっぽう「Pepper」は自然なコミュニケーションを目標としている。歩行するための足はない。コストが高くつくため大量に安価に提供するロボットには向かず、安全性にもまだ課題があるからだ。Pepperはむしろアイコンタクトできることなど、対人関係適応を目指す。「バックグラウンドに全く同じ機能があっても携帯電話に向かうときと、アイコンタクトできるロボット相手では向き合う態度が異なる」と林氏は語った。

Pepperは中性的デザインにされている。できるだけ様々な人とコミュニケーションを行うことを目指しているからだ。また外見から性格をイメージさせないことを意識したという。目が大きく子供のような見た目なのは、威圧感を感じさせないためだ。

Pepperを店頭に出したところ「女性からのウケが非常に良かった」。特にメカ好きの男性ではなく、メカにはまったく興味がない女性からの評価が高かったことには勇気づけられたという。

女性からの評価が高かった
女性からの評価が高かった

立ち入り禁止区域がなく、監視員がいない状況で店頭で実稼働させた点も大きい。ロボットを見たことがあるという人は多い。だが話したことがあるという人はほとんどいない。これまでのロボットのショーは遠目で眺めるものだったからだ。だがそれではコミュニケーションデータは取れないし、人間がリラックスして会話することもできない。

柵無しで完全自律稼働させることは技術的ハードルも高かったという。倒れるにしてもゆっくり倒れる、万が一倒れたときにも怪我をさせない“シェイプ”が必要になる。

これまでのロボットは柵の中だったがPepperとは触れ合える
これまでのロボットは柵の中だったがPepperとは触れ合える

多くのセンサー類を備えているのも、コミュニケーションと安全性のためだ。林氏は「最初はなんとかソフトウェアの安定性だけで切り抜けようとしたが、現在のモデルでは関節の重要な部分には転倒軽減ブレーキがついている」と安全性を強調した。止めきれない場合でも減速してゆっくり倒れるようになっているという。

ワイヤー駆動で連動する5指も表現力向上のために同社がこだわった点だ。ただしモノは持てない。あくまでコミュニケーションするための指である。

顔認識だけならRGBカメラだけでできるが、それだけでは顔が表示されればそちらを向いてしゃべってしまう。Pepperでは3D形状が取れるデプスセンサーを使って、人の形状を認識し、そちらに喋るようになっている。

Pepperの全身のセンサー類
Pepperの全身のセンサー類

■「学習の評価関数」としての感情認識

家族が喜ぶ行動を選択するように自律学習する
家族が喜ぶ行動を選択するように自律学習する

「Pepper」発表後に海外のメディア3社に1社が取材で質問してきたのは、「ロボットが自律機能を持つとやがて人と敵対するのではないか。それを防ぐためにどんな安全性を考えているのか」という問いだったという。海外のほうが、ロボットを「人間のコピー」として捉える人が多いらしい。林氏は「そもそも人を駆逐するという本能は全くない」「我々のロボットは人を喜ばせたいという本能を持っている」と説明したそうだ。

そのための技術が感情エンジンだ。人が喜ぶほうの行動を選択するように、スコア付けをして学習していく。ただ人間の感情は複雑だ。人の本当の感情と表に見せている表情は違う。ロボットがとるべき行動は本心の感情に合わせるべきだ。それは音声認識から取るのがベターだという。店頭では感情認識機能を使ったエンターテイメントデモをやっている。一番分かりやすいのは「怒り」だ。それぞれの成分を分析することで、表面上の感情と本心とをある程度判断できるという。

音声や表情認識技術によって、人が表向き表現している感情と、本心の感情を推定認識する
音声や表情認識技術によって、人が表向き表現している感情と、本心の感情を推定認識する

■クリエイティブプラットフォームとしてのPepper

ロボットアプリの製作は「役づくり」に近い
ロボットアプリの製作は「役づくり」に近い

ロボットアプリを作り始めると、人は凝ってしまうという。子供でも凝り始める。自分がやりたいのはこの動作ではないということを感じて、作り込んでしまう。「Pepper」ではアルデバランロボティクス社の小型ヒューマノイド「NAO」用のアプリケーションも動かすことができる。だが「NAO」のモーションをそのまま「Pepper」で再生すると、人間側が恐怖を感じてしまったりする。「ロボットアプリ作りは単に動かすのではなく、役作りに近い繊細な作業。仕様書の行間を読む必要がある」と林氏は述べた。

大変な作業だが、だからこそ燃える人もいる。うまい人もいる。そういうクリエイターを巻き込むことが人とロボットが一緒に暮らす上では大事なことだという。林氏はコンテンツ制作の協業体制の良例として「初音ミク」を挙げた。Pepperの飛躍においてはクリエイターの活躍に期待しているという。PepperのアプリはGUIを使ったSDK「コレグラフ」で開発ができる。アプリケーションストアも準備中だ。イベントとしてテックフェス、ハッカソンなども継続して行う予定。秋葉原と表参道などには、SDKを触れる「アルデバランアトリエ」もある。ちょっと触りたいだけなら表参道、本格的に開発をしたい人には秋葉原がおすすめだ。

SDKを提供しアプリストアも準備中
SDKを提供しアプリストアも準備中

テックフェスでも紹介されていたが、一部デベロッパーからは開発期間およそ1ヶ月で様々なアプリケーションが登場したと紹介した。1つ目は教育アプリ。Pepperが子供と一緒に授業を受ける。そしてロボットが間違う。それに対して子供が正解を教える。そんなアプリだ。今までのロボットは機能的に自律することが重要だと言われていたが、人と協調するためには弱さも重要なのではないかと考えているという。

Pepperによる積み木積みに人だかりができたことについても、Pepperが失敗することで人が応援する様子を見て考えさせられたと述べた。「1→10design」によるロボット2体による人とのコミュニケーションも面白かったという。Pepperに対して人間が話しかけて、音声認識できなかったとする。一体のロボットが別のロボットに「分かった?」「いや分からなかったよ」といった会話で一気に人間がアウェイ感を覚えるようになり、面白かったと振り返った。よしもとロボット研究所のバイバイワールドについてはエンジニアがPepperを介して芸人になれる可能性もあると紹介された。

ロボット2体によるコミュニケーション
ロボット2体によるコミュニケーション

林氏は「様々なソリューションがスマートフォンから飛び出してロボットがやるだけで、新しい世界が見えてくる」と述べた。「Pepperは感情は読もうとするが空気は読めない。いつものペースでやりだすと場が明るくなる。ロボットはエンタメに強い」と感じたという。

また、デベロッパーが様々な試行錯誤をやる時期がどんなプロダクトでもある。人も使い方を学ぶ時期が必要だからだ。その間に、ハードウェアも性能が向上していく。昔は10年かかって普及期にもっていったが、いまはネットの普及によってぐっと短くできるのではないかと考えているという。

どんなプロダクトでも価値創造期を経て普及期へ至る
どんなプロダクトでも価値創造期を経て普及期へ至る

■既に250社以上から問い合わせがあるPepperのビジネス展開

Pepperには全国のソフトバンクショップで会って会話できる
Pepperには全国のソフトバンクショップで会って会話できる

ビジネス面でも既に教育、エンタメ、メディア・広告、介護、スマートハウス・セキュティ、小売・販促など各方面で250社以上から問い合わせがあり、どれもすぐにでもやれそうなことがたくさんあるそうだ。

250社以上から問い合わせがある
250社以上から問い合わせがある

林氏は「家にいると家庭が少しでも明るくなる存在になることを目指している」と語った。たとえば忙しい夕飯準備時に15分や20分であればPepperが子供の相手をすることなら現段階でも可能だ。そしてPepperは英語モードに切り替えることもできる。すると、完璧な英語発音しか認識しないようになる。遊んでいる間に子供の英語能力があがることも不可能ではないと考えているという。

また「ちょっとした悩みを聞いてほしい」という主婦からの声もあるという。友達にわざわざ電話かけるまでもないような悩みはけっこうある。旦那にいうと「俺にくだらないこというな」と言われてしまって余計にストレスが溜まる。そんなちょっとした愚痴である。だからロボットに話したいというわけだ。そのくらいの相手ならPepperでもできるかもしれない。確かに人には、取りあえず話してしまえばすっきりすることはある。

シニア向けにはどうか。Pepperは会話のテンポが遅い。だから案外ペースがあうのは驚きだったという。また、ちゃんとした施設に入ったはいいが、刺激がなくて退屈してしまって、話し相手もいないので痴呆が進んでしまうケースがある。そういう場合に、過去の心象風景を思い出させて、話をさせるようなアプリケーションを組むことで、高齢者は昔のことを一生懸命思い出すことで認知機能向上を図ることができる。合間に認知症判断アプリを差し込んで状態を見ることも可能だ。

認知症の進行を遅らせる効果も期待できる
認知症の進行を遅らせる効果も期待できる

林氏はPepperの特徴について「全てがセットになっている」と述べ、「来るべき時代のロボットのデファクトスタンダードとなることを目指しいる。一家に1台、1人に1台の時代を目指して展開していきたい」と語った。

Pepperは計算機が人と共生するためのプラットフォーム
Pepperは計算機が人と共生するためのプラットフォーム

Text by 森山和道

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