「Oculus Rift」を使って歯の治療を実習-モリタとリアライズ・モバイルがMR歯科手術トレーニングシステムを開発

 株式会社モリタと、ソフトバンクグループのリアライズ・モバイル・コミュニケーションズ株式会社は、2017年4月21日、複合現実(MR)技術を使って、歯科手術トレーニングができるシステムを世界で初めて開発したと発表し、記者会見を行った。

 MR技術によって施術者が仮想空間のCG画像ガイドを見ながら現実空間の実習模型に治療を施すことができる。歯科医師である窪田努氏、芳本岳氏の監修のもと、歯学教育現場で行われる歯科治療トレーニング用に開発された。2017年3月には世界最大の歯科業界の展示会「第37回ケルン国際デンタルショー」で発表されていた。

【動画】歯科医師 窪田努氏によるシステム全体の特徴解説

 今回は技術的実証可能性を示すために開発期間およそ一年で作られた、汎用品を組み合わせたものとなっている。

 システム概要は以下のとおり。まず天井には赤外線を使ったモーショントラッカーを配置している。施述者が使う機器や据付の一部機材にはマーカーがついている。これらを使って、施術者や患者、歯科用器具の位置をトラックすることで、それぞれの空間位置をリアルタイムに認識する。

天井に配置した赤外線マーカー

機器にもマーカーがつけられている

 施術者はHMD(Oculus Rift)を装着する。HMDにはステレオカメラが搭載されており、患者(実習模型)の口腔内や患部の映像を捉えて呈示する。

ステレオカメラ、LeapMotion、マーカーなどをつけたOculus Rift

 この映像データに、肉眼では見えない患部の神経や血管位置、形状などの情報を、CG画像としてリアルタイムに重ねる。これによって施術者は傷つけてはいけない部分を見て確認しながら治療することができる。

施術者の視野には機器の傾きなども重畳表示される

 音声や、「LeapMotion」を活用したジェスチャーでの操作も可能で、これは臨床現場での将来的活用を見据えたものだという。開発環境はUnityである。

【動画】歯科医師の芳本岳氏によるデモ。ジェスチャー操作も可能。実際には手袋をつけて操作する

■プロジェクト名は「WK2プロジェクト」

 会見では最初に株式会社モリタ 代表取締役社長の森田晴夫氏が挨拶。プロジェクト名は「WK2プロジェクト」で、ワクワクする未来を作りたいという願いを込めたと述べた。

株式会社モリタ 代表取締役社長 森田晴夫氏

 昨年創業100周年を迎えたモリタは、国産初の歯科治療機器などを開発してきた会社。歯科業界でもデジタルの流れが押し寄せて来ているなか、次の革新的技術を模索しており、2年に1度開催される「ケルン国際デンタルショー」をターゲットに開発を始めたという。「実際に診療に使えるシステムにVRを使ったのは例がない。当面は教育用システムとして実用化を目指す」と語った。

■デジタルデータをもっと利活用するために

 コンセプトは監修者であり、発案者でもある歯科医師の窪田努氏が紹介した。

歯科医師 窪田努氏

 窪田氏は最初に「ケルン国際デンタルショー」でのデモの様子を紹介。「歯科治療にもデジタル化が押し寄せてはいるものの、『デジタルならでは』の利用はまだ少ない。デジタルなら一つのCTデータから様々な情報を引き出すことができる」と述べ、デジタルデータをもっと活用したいと以前から考えていたと語った。

歯科業界でもデジタル化

 これまではモニターに映し出された患者CTデータ等を、医師が言わば頭のなかで組み合わせて使っていたが、プロジェクションマッピングなどを活用している国際医療福祉大学大学院 准教授の杉本真樹氏の研究を知ったことで、新たなやり方ができるのではないかと考えたという。

 歯科は硬組織を見るためにCTを使っているが、これをさらに活用することで、安全かつ確実な歯の治療ができるようになるのではないかと考えたという。

従来の施術。CTデータを別画面で見ながら行なっている

 VRは可視化もできるが、「何よりもMRがすごいのは、実際にそこにあるモノにさわれる点にある。医療におけるVR、AR、MRの可能性を感じてもらいたい」と述べた。

MRなら可視化に加えて可触化も可能

■技術的ポイントはデータと現実の立体物の重ね合せ処理

 MRシステムについては、リアライズ・モバイル・コミュニケーションズ株式会社 取締役の勝本淳之氏が解説した。同社はソフトバンクグループ100%出資の会社。

リアライズ・モバイル・コミュニケーションズ株式会社 取締役 勝本淳之氏

 勝本氏はVR、AR、MRの基本的な長所短所に関する説明を行い、VRは現実世界の情報を扱うことは苦手で、ARは機器スペックが限られて取り扱える付加情報や現実空間に影響を受けすぎる点が課題だと指摘。いっぽうMRは広い視野角で情報を展開可能であり、現実空間にも処理を加えることができると説明した。

MRの利点

 まずはステレオカメラやハンドトラッカーで外界を認識する。そうして取得した位置情報を合成し、呈示する。

処理の流れ

 一番のポイントはデータと現実の立体物をぴったり重ね合せる処理。そのためにセンサーを多く配置して空間の重ね合わせ処理を行なっている。

様々なデータを一つのMR空間に統合できる

■硬い「歯」を対象とすることで情報重畳が容易に

 実際に臨床で使った場合の可能性については歯科医師の芳本岳氏が解説した。

歯科医師 芳本岳氏

 現実世界とCTデータ、CADデータを、同一座標で扱うことができることがこのシステムのポイントであり、これによってデジタルデータを患者と同一次元で直感的に扱うことができる。

 他の医療システムが可能性を模索しているような皮膚や内臓のような軟組織の場合は基準点を見出しにくかったが、歯は硬く、変形しないので基準点を探しやすい。そこに目をつけたのが今回のシステムだという。

 たとえば従来は歯石をとるときに骨や歯根の状態はわからないため、レントゲンと歯周チャートをもとに経験とカンを駆使していたが、このシステムではCTデータが直接患者の口腔内に重畳表示されるので、経験の浅い衛生士でも正確なルートプレーニング(歯周ポケット奥の歯石やセメント質の除去)ができるという。熟練衛生士はより高度な管理が可能になる。

CTデータを重畳することで非熟練者でも正確な作業ができるように

 インプラント治療でも神経や骨の情報を得ることができるため、安全に治療ができる。理想的な削り具合がわかるため直感的な操作が可能になる。

より安全な治療が可能に

 CT以外にもカルテや口腔内の写真なども同一視野のなかに重ね合わせすることができる。あちこちを見る必要がなくなるため、口腔内に集中できる点も利点だという。

視野に複数情報をまとめて表示できる

 教育現場では模型を使って削っていくが、最終的な理想形を見せながら削り作業を行うことで、医療技術の底上げが可能になると述べた。また他の術者の視点を共有することもできるため幅広い可能性があり、様々なデータをこのシステムに集約することができるのではないかと述べた。

まずは教育用途に使う

■デモンストレーション

 今回は、2種類のデモが行われた。

 1つ目は口腔インプラント治療の支援。インプラントのためのドリリングと、埋入の支援を行う。ドリルで穴あけするときに位置や方向、深さ、骨のなかの血管や神経などを重畳表示することで安全な手術を行うことができ、治療計画どおり進んでいるか確認することが可能になる。

【動画】芳本岳氏による口腔インプラント治療の支援デモ

 もう1つは歯の神経治療の支援。歯の神経に到達するまで歯を削る「天蓋除去」と呼ばれる作業と、歯の神経を除去し、詰め物をするために歯の根管を拡大する作業を支援する。見ることができない歯髄(歯の神経)をCGで重畳表示することで正確な位置に穴を開けることができる。

【動画】窪田努氏による神経治療の支援デモ

 実際に記者たちが体験することもできた。体験してみると、ジェスチャーインタフェースそのものはスムーズで直感的だったが、情報が重畳提示されるものの、その情報を見るための視点移動が必要になる点には課題を感じた。

 肝心の特徴である、これまでは見ることができなかった神経や血管の実情報が見られるという点にはやはり可能性を感じた。

【動画】患者への解説にも使えるかもしれない

■今後の可能性

2年後を目標に実習装置として商用化を目指す

 実際に教育、臨床のナビゲーションに使うためには機器開発、ソフトウェアのブラッシュアップが必要であり、それぞれレベルが全く異なる。2年後を一つの目処として、教育目的にまずは開発を進めると株式会社モリタの森田晴夫社長は記者たちの質問に答えるかたちでコメントした。薬事法関連のハードルも低いためだ。まずは現在の実習装置に置き換えていくことをイメージしており、価格等は未定。

 デバイスやソフトウェアなどについては技術進展の速度が速いため、そちらに期待しているとのことだった。違和感なくズームができる軽量で、かつフレームレートが高速なシステムとなることを期待してると監修した歯科医師の窪田努氏と芳本岳氏は語った。

 また芳本氏は、今後は、たとえば各医療機器からのビッグデータを、いわゆるIoTで統合したり、さらにAI技術を活用することで、自動的に最適な削り量をシステムが生成し、提示することもできるのではないかと可能性を語った。

将来はより高度で直感的な治療が可能に

 そうなってくるとさらに新しい可能性も容易に想像できる。実際に臨床で使われるまでには様々なハードルがあるだろうが、未来の医療は大きく変わるかもしれない。

Reported by 森山和道

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